第玖話 【鳳凰 始】

翌日―1月18日土曜日
風が強く庭の松の木がゆっさゆっさ揺れていた

―おはようモミジ、気分はどうだ?」

午前9時、朝も早くからモミジは起きていた

「おはようモミジ、気分はどうだ?」

彼女はこの家に来てから大体土曜日は7時くらいから起きている、一体何の為に早起きをしているのかと思えば何のこと無い

「…っ!!…、おはっ♪平気の次郎さんよっ☆ん〜さてー顔洗ってくっかな〜」
「テレビ消して行かんか、全く…まさかあのモミジがオタクだったとはなぁー(笑)」

知らなんだ、聞く所によると美術部に所属しているらしい
聞けば聞く程語りだす癖があるらしくそれは非常に五月蝿いそうだ

「お、丁度いい所に魅月、瑪瑙と言う女の子から電話があったぞ?何でも昼辺りに来るとな」
「瑪瑙…あ、そ、そうか有難う、すまぬがジイさん茶菓子を買ってきてはくれんか?」
「な〜んでワシがじゃ?そんくらい自分で行って来いじじいは腰が痛いんじゃ〜」

ジイさんはわざとらしく腰をポンポンと叩いた
若者は働けってか?

「何だよミっちゃんまだ居たのかよ?つーか邪魔だ、階段の入り口塞ぐなよ」
「…そうだモミジ御主に…
「ヤダね、どーせお遣いだろ〜?てめぇで行けやコラ、俺は忙しいんだ」

そう言ってモミジは儂を押し退け階段をズッシズッシと上って行く、と言うか何故分ったんだ、女の勘か?

「丸聞こえだっつぅーの、あ〜ホムペの更新しねーとやべっブログ書き忘れてるし〜↓」
「…御主…ってホムペってパソコン持ってたのぉー?!」

モミジの足が止まる、彼女はくるりとこちらに向いた
不味いと言うような表情、その額には冷や汗が出ている

「―いや〜…ミツには内緒にしてよと思ってたんだけどバレちゃぁしょうがないわな、実はさ―

「…何だと?ジイさんが福引で当てたノートパソコンを貰っただって?…いいなー羨ましいなー」
「悪ぃ悪ぃ↓、ジイちゃんの部屋掃除頼まれてる時たまたま見つけてさ〜頂戴っつたら良いよって…で」
「…モミジの癖に〜つーか御主扱えるのか?出来ぬのなら儂が…
「残念、俺機械強いから☆ハックくらい朝飯前よ?てのは嘘だけど♪」

儂は恨めしそうに彼女の後姿を見ていた、モミジは部屋に入りながら更新更新と嬉々に笑っている
そう言えばあんな顔見るのは初めてだな…

昨日あんな事があったのに―

+++

前日―18日金曜日
時間は午後11時過ぎ…
空が澄んでいる所為か月と星がくっきりと見える今宵は満月だ

「―…〜くひゃぁー寒いっ!!ふぇくしょんっ!ミツの奴こんな日にベランダに呼ぶなんて何考えてんだいや、何も考えてないな」

俺は学校での事を詳しく教えてくれると言ったので言われた通りに二階の俺と隣のミツの部屋を繋ぐベランダに来ていた
ピンク色の少し厚手のパジャマに赤の毛糸で編まれた靴下、温かい格好とは言え流石に寒いまぁ、当たり前か
明日が休みとは言えこんな時間、11時に外、一月半ばの寒空の下に女の子を呼び出すとは…

「〜風邪引いたら移してやっからな覚えてろよチクソー!(怒)」

「すまぬなモミジ」

バフン、声と共に何か分厚い物が俺に覆いかぶさった
俺は額に怒りマークを立ててくるりと振り向いた

「…ゴッラァーおめっ何時まで待たせる気じゃいっ!!こちとら寒さと眠気と格闘してる最中なんじゃいっ!はくしゃっ…」
「花粉症か?チリ紙持ってこよ…
「どー見ても風邪じゃねーか馬鹿っ!!…〜くぅ〜寒いこんな毛布一枚じゃ足りねぇよっ…ん?」

ミツが何か手にしている、ポットだ
甘い香りが辺りに漂う

「寒い中待たせてしまっていたからな、ココア飲むか?温まるぞ」

彼は笑顔でココアを注いでくれた、外が寒い所為か湯気がまるで煙の様に上った
来るのが遅れたのはコレを作っていたからだった

「にしてもよ〜…別に中でも良くない?外は寒いよ…て言うかお前何も羽織ってなくて寒くねの?」
「大丈夫だ、儂の体温は人より高めだからな」

とは言うものの薄っすら見える首筋が粟立っていた、白のトレーナーに黒のジャージを着ているだけで明らかに痩せ我慢している
俺は堪らず自分の羽織っていた毛布を彼にも掛けてあげた、俺の人生経験上こういう我慢をしている人は放って置けないのだ

「…!モミジ?…
「鳥肌立ってるぞミツ、それに一人で被るより二人の方が温かい」

左に俺右に彼、少し離れていたので俺は彼にめいっぱい近づいた、ぴったりと肩と肩が密着している状態
俺は更に右手でミツの肩を引き寄せた、隙間があると冷たい風が入ってきて凄く寒い

「…///そうだな…、ではそろそろ本題を話すかの…率直に言う御主は―
「ちょっ…待って、何か怖いっ…」
「モミジ…心配、するなこれは御主にとって自分が変わるチャンスだ、それにもし御主に何かあったら儂が守ってやる」

彼は空いている左手を毛布の隙間から出して俺の頭を撫でた、少し不安になっていた心が落ち着く
俺は目を微かに細め「大丈夫」と言った

「では言おう…御主は鳳凰(ホウオウ)だ、つまり儂と同じ妖、いや妖怪だ」
「へ?………………―

俺の中の何かがプスリと音を立てて切れた
過去が蘇る…

化け物

ばーけーもーのー

くたばりやがれっ

頭の中をその言葉が何度も再生される、俺は幼い頃に化け物扱いを受けていた
赤過ぎる髪、褐色の肌、左右で違う瞳、明らかに日本人ではない顔つき、
日本人からして見ればそんな俺が気持ち悪かったのだろう、その頃の俺は凄まじく荒んでいた

「…はははははははははははははは……俺は化け物さ〜はははははははははははははははははははははははははは………↓」

「モっモミジ…?!(モミジが壊れた…)」

生気の無い白い顔でひたすらに笑っていた、正直怖っすぎる一体如何したのだ…?

「も、モミジ…モミジちゃーん…?大丈夫か御っひぃっ!!」

ぐるりんっ、突然モミジが首を此方に向けた、その顔はあの雪の日と同じ今にも泣きそうな表情だった
儂はハッと我に返り彼女に謝った、儂の言った一言が彼女を傷付けてしまったに違いないからだ

「本当に済まぬっ!!行き成りこんな事を言われても困るだろう…御主は…御主は……―」

言葉に詰まる、御主は人間だ、そう言いたいが儂の口からはその言葉が出なかった
はっきり言ってしまった以上取り消すに取り消せない

「―……いいよ、俺化け物なんだろ?…おめぇと同じ…自分でもさ時々人間じゃねーなって思う事あるからさ…っ…」

モミジは俯き黙りこくった、やはり相当ショックだったらしい思わず大きな溜息が出る

「…はっあっ!!…わっミツごめん!、俺今の…化け物って…ミツは化け物なんかじゃないよなっ!!なのに俺…あぁー…けどっ俺…
混乱してて…」

突然の謝罪、泣いているのか?
震えた声で何度も儂に謝ってきた、儂も今彼女が言った事を思い出した
モミジは儂を化け物扱いしたと思いカタカタと震えている

「―…そんな事、気にするな儂はその位の事を言われても平気だ、それより御主が心配だ」
「…ミツ、っ…嘘つくな!お前本当は怒ってるだろうっ俺目見ただけで分んだよっ…」

…―彼女には嘘がつけない、そうだ、儂は正直怒っている
だがしかし、モミジも傷付いている、そんな彼女(オンナノコ)を責める事は出来ない

「言えよ…」
「…っ、本当に御主には隠し事が出来ないらしいな、あぁ…正直ムカついただがな…傷付いた女子を責めるのは男としてやっては
ならぬことだ、だから儂は…―
「っざけんなっ!!…俺もお前も傷付いてんならお相子だろーがっ!俺も正直言うとお前が怖いよ…まだあんま実感ないし……
けどっ俺はお前が好きだしー…」

突然の告白、モミジは息荒く乱れていた

「…///」

思わず紅潮した、そんな風に想っていたとは思わなんだ

「…はっはぁっ…ん?」
「そ、そうだったのか…///、今まで気付い…
「ガァー!そっちの意味じゃねぇーーー!!たくっダチとしてだボケナスっ…もう何か疲れた寝…―

コ、トン、モミジが寄りかかって来た
疲れて寝てしまったのだろう、儂はそっと彼女を毛布ごと抱え上げ部屋に連れて行った

「(あ、モミジってこんなに軽かったのか…?)」


+++
―きろ…

―起きろ…

っ…起きろっ!!」

バシィンっと、思い切り殴られた
俺は何事かと思い目を開ける、深緑の景色が眼に映った

「…?何処だココ」

辺りを見回す、渦模様の様な壁紙だった
見ていると気分が悪くなる、一体…―

「此処は貴様の胎(ナカ)だ、漸く目覚めたな…モミジ、いや凰(オウ)」

聞き慣れない声、老男のしゃがれた声
右横に奴の気配を感じる

「我は鳳凰、肆大妖怪(ヨンダイヨウカイ)の火の守長(カミオサ)だ」

全身が橙の炎に包まれている、その形は人ではなく…巨大な鳥だ
目付きは鋭く、長い嘴を携えている
彼は鳳凰と名乗る、何処かで聞いたような…

「…あぁミツが言っていた鳳凰か、俺の胎って?心の中か」
「違うぞ、此処は貴様の中にあるが我の住処だ…我は貴様が目覚めるのを待っていた、永かったぞ…」

鳳凰はそう言いながら俺に近寄ってくる、彼自身が動いてはいなく空間自体が狭くなっていた
不思議な所だ、だがしかし俺は全く警戒していなかったのだ、何故だ

「…綺麗な炎、熱くねぇの?」

何故だかそんな質問が口から出た、普通こんな状況になれば怯えるのだが俺は素直にそう思ってしまった
橙色の炎が揺らめき手を伸ばせば触れられるくらいだった

「…変わった奴だな、そんな事を言われるのは初めてだ…貴様は平気であろうよ」

鳥の表情は分らないが、彼は微かに笑っている様に見えた

「なぁ、俺って本当に鳳凰なのか?」
「そうだ、貴様は鳳凰…凰(オウ)、妖怪だ」
「…そっか…、鳳って?」
「凰とは雌の鳳凰だ、我は鳳(ホウ)である…」

そう言って鳳は翼をピンと伸ばし頸を垂れた
刹那、彼が纏っていた炎が消滅(キエ)、現れたのはなんと―

「―っミツ…?何で?」

思わず眼を丸くした、鳳がミツの姿になっていたのだ

「貴様にはこの姿の方が接し易いと思ってな…、貴様も見慣れた奴の方が良いだろう?」

漆黒の着物に黒い下駄、烏の翼を生やし妖狐の姿、中性的な透通った声
正体を現した時のミツの姿である

「如何、言う事…?」
「フッ今に解る」

彼は不意に笑う、その顔は本物の彼でも見せた事がない表情だった
眼を鋭く細め軽く口角を引いていた、まるで本物の狐の様だ

「(綺麗な顔だなーあのミツの顔なのに…)」

そんな事を考えていた
彼が段々近づいて来ている、それに合わせて空間かどんどん狭くなってゆく
手前5cm、かなり近い、少し上目で見れば目線が合う

「…何するのさ?」
「今から貴様に我の力を進ぜよう」
「力…?鳳凰の能力の事?」
「如何にも…貴様に全てを託す…、眼を瞑れ―」

俺は何をされるか直ぐに解った、と言うか最初(ハナ)から知っていた…
軽く鼓動が高鳴る―

…―

俺の唇を彼が掠めた
最中、目を開けると、いつもの顔が目の前にある、長い睫毛に高い鼻、綺麗に整った顔
両手を俺の肩に掛けている、数秒後左腕を頭に回してきた、そして優しく頭を撫でる

―…、唇の抱擁は数分間、続いた
流石の俺でも恥ずかしい

「……///、これで力を使えるのか?」
「あぁ、そうだ、これで貴様は凰だ、すまなかったな…」
「…え?あ…、いいよ(…何がだろ?)」

その瞬間眼前が急に明るく開けた
思わず目を細める、その光は更に眩しさを増す
熱く激しいヒカリ…―


+++
ジリリリリ

ガチャン

…何時もの様に目が覚める、赤い目覚まし時計が目に入る
振り返れば若草色のカーテンが微かに開いた空気窓から吹く風にパタパタと小さく踊っている
その所為か部屋の気温が何時もよりグッと寒い、思わず布団の中に顔を埋める

バサッ

ある事に気付き掛け布団を剥いだ、今日は土曜日、オタクの俺にとっては情報を得る大事な日である(笑)

「(やべー今日土曜じゃんっ!…6時57分、ダッシュすれば間に合うなっヨシっ!!)」

俺の目はいつも以上に輝いていた、オタク特有の欲しかったゲームが手に入った瞬間のような目の輝きだ
俺は大急ぎで部屋を出て長い廊下を足音を立てない様に素早く走り、長い階段を踏み外さない様にそれでも素早く駆け下りる
更に続く長い廊下ジイちゃんを起こさないようにそ〜と居間までダッシュする
6時59分、居間に入るとすかさずリモコンを手にし電源を入れチャンネルを素早く合わせた
多少息は上がるもののそんな事はお構いなしである

『〜○△□スイミングスクール無料体験実施中〜♪、明日晴れると南の風そよ〜〜…♪』

「nice!!goodタイミング!前一個CM〜スゲーな俺流石だな俺☆」

自画自賛、タイミングが良いと何時もこうだ
我ながら自意識過剰な性格だ、いや、手前味噌か(苦笑)

「おっと、音を小さくしねーとなってギャグかっ!(笑)」

テンションが高いとオヤジギャグまで飛び出す、自分でもなんだがモテない要因だろう
傍から見ればただの変態だ


〜〜ぬ〜ん本日の午前の任務はこれにて終了★」

アニメが終わり席を立つ、ずっと座っていた所為か腰が痛い
首をグルと上下左右に振る、ゴキゴキと凄まじい音が頭の中から聞こえる

「たくっどんだけ〜あー…もう9時かいな〜早いべな〜」
「おはようモミジ、気分はどうだ?」

そして今日もいつもの日常がはじまる

「おはっ♪平気の次郎さんよっ☆ん〜さてー顔洗ってくっかな〜」