第捌話 【真剣勝負】

1月17日金曜日―放課後
雪は止んだものの風がまだ肌を差すように冷たい

「準備は整ったの?」

緑川瑪瑙は上着も袴も濃紺でその姿は白銀に咲く一輪の竜胆の様だった
誰が見ても美しいと言うであろう、俺以外な

「…メノウ姉ちゃん、あったりまえだっ!!俺だってこの一週間この日の勝負のためにな頑張ったんだぜ」

俺はグッとメノウ姉ちゃんに拳を突き出した、所謂勝利宣言だ
やるからには勝つ!例えメノウ姉ちゃんにだって

「ふふ…付焼刃で何処まで出来るか見ものね」
「くっ、言ってくれるな?俺はアンタの鳩子だぜ?」
「血は繋がってないでしょうに…―まぁいいわ、あの約束忘れてないでしょうね?」
「負けたらペンダントを明渡す…そして自害する、分かってるよ俺はあの日その約束を承諾したからな」

彼女は何も言わずにその場を去り会場の剣道場へと向かって行った

「モミジっ早くせぬと開始時刻になるぞ?」

ミツがやって来た
彼は今まで生徒会の仕事を手伝わされていたらしい、だが彼自身は風紀委員なので本来はしなくてもよい
今日は他の生徒、生徒会役員を含め皆この剣道場に来ている
俺とメノウ姉ちゃんの試合が見たいがために、いや俺ではなく彼女のだろうが…まぁどちらでもいいや

「OK☆今行くよ!」

俺は足早に会場に向かった、その後ろをミツが歩いてついて来た

「観客席で見ておるぞ〜頑張れよ!!」
「おぅっ大船に乗ったつもりで見てろよっ」


4時10分―

「ではただ今より緑川瑪瑙対、緑川モミジの勝負を開始します!ルールは瑪瑙選手より事前に預かっております」

今日の試合の審判をしているのは佐々木圭太郎、2年2組の放送部員だ
彼はこの試合があることを聞きつけるとすぐさまに申し出たらしい

「本日の試合のルールは至って簡単、シンプルな1本勝負!どちらかが1本取られればそこで試合終了、制限時間は無制限、両選手共
防具は無し、何をやっても勝てば良し…あのこれじゃ剣道ではないような?」

審判は思わず会場の瑪瑙に訪ねた、当然だいくら剣道を知らない人でもこのルールは変に思う

「それで良いのよ…この試合は本来は彼女と私の真剣勝負なんだから、貴方達が気にすることはないわ、それよりも早く始めて頂戴」

彼女に睨まれて審判佐々木圭太郎は渋々試合開始の合図を言った

「開始っ!!」

「さぁモミジ胴着を脱いで」
「…おぅよ、つーかこれじゃ練習の意味なくね?マジで真剣使う気じゃねぇだろな?」
「まさか、そんな物宗家に行かなきゃ無いわよ?それに此処は人前よ」
「誰もいなけりゃやってたってのかよ…恐ろしーぜ全く」

モミジは渋々身に着けていた防具を全て脱ぎ取った
辺りにそれが散乱する、瑪瑙も同様に防具を脱ぎ捨てた

「手加減はしないわ、本気で行くわよ?」
「おぅよ来いやっ!!俺も全力で行くぜっ…言っとくけど殺す気で来ないと俺がメノウ姉ちゃん殺っちゃうよ?」

モミジは挑発した様に指で彼女を手招きした、その目は獲物を狩る鷹の様だ

「はぁぁぁぁーーー!!!」

瑪瑙が雄叫びを上げながらモミジに向かって直進した、あれではモミジの思う壺だ
が、しかし…

「へんっそんなんじゃヤラれに来てる様なモンだぜ馬鹿じゃね…
「馬鹿はそっちよモミジっ」

ドゴッ

モミジは一瞬にして剣道場の硬い木壁に吹っ飛ばされた、そのスピードは刹那
どのタイミングでヤラれたのか彼女自身も観客も分からない位だ

「審判、一本取ったわ私の勝ちよ?」

瑪瑙が審判を睨み据えた

「…っ終わり!!しょ、勝者…緑川瑪瑙!」

その声と共に観客席から一斉に瑪瑙に向けた歓声が会場中に響き渡った
試合時間は僅か30秒程だった


+++
4時58分―ギリギリ夕日が昇っている

「終わったわねモミジ」

瑪瑙がモミジに呟いた、その声は冷たくまるで氷の様だ

「……―解かってるよメノウ姉ちゃん、約束のペンダント」

そう言ってモミジはセーラー服の襟から銀のペンダントを取り出し瑪瑙に向けて投げた
それは夕日を帯び燃える様な灼熱の色をしていた、きっとモミジの心もその色に染まっていたのだろう
少しだけ憂顔になっていた、泣いてもいいのだぞモミジ…

「あと、忘れてないわよね…?」
「っ…!!?」
「アンタの命貰うわよ、んふっ大丈夫痛くないから」

そう言うとメノウ姉ちゃんはスカートのポケットから何か細長い物を取り出しそれを俺に向けた
そう、それは…銀色に煌くナイフだった

「っ…!!」

その事態に残っていたミツとショウも気付きこちらに向かって来た
だが…

メノウ姉ちゃんは俺に突進するように向かいナイフを振り上げた!

ザクッ

「モミジィーー!!」

彼等の絶叫だけが響き渡る、モミジはその場に倒れこんだ

「安心しなさい殺してないわ、でも一回死んだけどね」
「…?」

儂は彼女を抱えてそろりと顔を見た、彼女の目はパチクリと開いている
何が起きたか分からなかったが何かが辺りに散乱していた
そのすぐ後剣道場のライトが点き眩しくて半目になりながらもその散乱している物を見た
それは―

「髪の毛…?」

そう、彼女の周りにあった物はモミジ自身の髪の毛だったのだ、一体如何言う事だ?

「髪は女の命って言うじゃない?一応おばあ様には死んだって言っておくけど、派手な行動起こしたら即アウトよ?」
「うそぉ…―、そういう意味だったのぉ…?ってま、まさかっ!!」

そう言ってモミジはバッと起き上がった

「ビンゴ♪あんなババァ裏切る事にしたわ、もう言い成りになるのは御免だもの、それにアンタサイドに居た方が
スリリングありそうだしね」

メノウ姉ちゃんはニコリと笑った、その笑顔は何か企みのある笑顔だった

「…そんなハリウッド映画じゃないんだから〜はは…」

「それよりも…魅月くんと彰くんだっけ?アンタ達何か隠してない?人には言えない…面白い秘密を」

鋭い、メノウ姉ちゃんはミツ達の秘密、妖、札遣いだと言う事を見抜いていた

『な、何の事ですか?』

異口同音、バレバレだよオメェ等

「フフフ…可愛いわね、そうね…魅月くんは人の気配がしないわ、彰くんは何か特別な力を持ってそうね?」
「…大正解〜♪…―ミツ、ショウ…メノウ姉ちゃんに隠し事は無理だぜ?見抜くから、まっこの際巻き込んじゃえば?」
「何を戯け(たわけ)た事をっ!!…いや一応調べておくか…」

ミツはポケットから妖力紙を取り出すとメノウ姉ちゃんと俺にそれぞれ一枚ずつ配った

「何コレ?リトマス紙…和紙みたいだけど?」
「あーこれ妖…っあっちいっっ!!!?」

ボゥッ

「モミジっ?!大丈夫かっ?」
「も、燃えたよコレ…なにっこれ事故っ?」
「…―(ま、さかな)」
「あら、私のは裂けたわ、色が青になったからアルカリ性?」


+++
ジャー…
水を流しながら右手を摩る、半分霜焼けだ

「あづがっだー…火傷したじゃん」
「危険な紙ね〜何だっけ妖力紙だったかしら…私にも力が或るって事なのよね?どんなのが使えるの?」
「……、そんな一片に聞かれてものぉ、青だから人間属性で裂けたから風の力を持っておるから…弓や刀なんかじゃないか?」
「…結構適当ね、要は自分で見つけなきゃならないって事かしら?」
「…それよか俺のは何なのよ?イキナリ燃えるしぃ」

ミツは不振な顔をした、そして隣にいるショウに何やら耳打ちをしていた
ショウは彼の話を聞き一瞬眼を丸くして驚いた様な表情になりこちらをチラリと見やった

「………あんだよ?」
「いや、別に 何でもない」
「う、うんうん何でもないよ」

怪しい、明らかに何かを隠している
無性に腹が立ってきた


+++
「あんやまぁーっ!!?モミジ如何したんじゃその頭…まるで海胆じゃないかー!」

庭弄りをしていたジイちゃんが俺見てそう言った
手には高枝切りハサミを持ってその柄の間から顔を覗かせて梅干を食べた様な顔で驚いていた
当然だ、家を出る前と髪型が違えば誰だって驚く

「…う、ウニって……(怒)」
「プッ…」

隣のミツが噴出した

「確かに海胆だウニウ…ゲボッ」
「あぁっ誰が海胆じゃいっ!!」

すかさず鳩尾に肘鉄を食らわした、誰か海胆だこのクソ天狗っ

「…ってぇ何だモミジ、だってそう見えるしー…
「お前は乙女心が分らんのかいっほんとっ…―
「しかし如何したんじゃ本当に?はっ誰かに何かされたんかっ?」
「違うよ…これはその…そうイメチェンっ♪春に向けてショートにしてみたんだドゥ似合ってる?」
「う〜むん儂ゃ前の長い方が良かったと思うぞぉ」
「あら不評↓残〜念」


「微妙な言い訳だな御主、幾らのジイさんでも心配するぞ?」

玄関脇の階段を上りながらミツが眉根を寄せて俺の顔をジッと見てきた

「バーカ言えっかよ、はっ…それにしてもあのメノウ姉ちゃんがこうもあっさりと裏切っちまうなんて…反乱起きそうだな」

俺は腕を組み首を右斜め上にやった

「…御主等一族の事は良く分らんが人間も色々大変なんだな?」
「?…へぇー妖の癖に人間に興味あんの〜?」
「っ別に…儂は…、だかしかし御主大丈夫なのか…」
「―心配してくれてありがとう、でも俺は大丈夫だから」

とりあえず笑顔を見せてはみたが心の中は不安でいっぱいだった

「あーそう言えば俺の能力って何なのさ?」

思い出した様に学校での事を聞いてみた
先程の彼等の表情が気になる

「…その事だがモミジ、御主は―