第漆話 【剣道】

―――1月8日…

冬休みが明けた
1月の千葉は寒い、そして今日も雪がちらほらと舞う

久々の登校だ―
儂は濃紺の外套をはおり焦茶のマフラーを鼻の上までグルグルに巻いていた
此処は儂の居た妖界(ところ)より寒い、儂の住んでいた所は西側、日本でいう所の高知辺りだ
…少し故郷が懐かしくなった、此処は寒すぎるから

「…ミツ〜お前さ、そんなにマフラーグルグル巻いて息苦しくねの?つーかミイラ男みてぇよ」

モミジが半呆れ顔で儂を見る、彼女はマフラーも外套も着ていなかった

「御主こそ雪の降る中何も着らんで寒くはないのか?」
「さみーよ!でーもコートもマフラーもねっもん…ふぇくしょいっ!!」
「凄いくしゃみだな…風邪ひくぞ?」
「ぅう”〜…マジ死にそ…はくしゃんっ!」

儂は見兼ねて自分のしていたマフラーをモミジにそっと巻いてあげた
彼女は一瞬目を開き驚いた様な顔で儂を見た

「此れで少しは暖かいであろう」
「……、あ、サンキュ…ミツ…///」

彼女は少し下を向いていたどうやら照れている様だ、心なしか儂の方に近寄っているような気がした


+++
「久しぶりミツキっ!」

木村彰だ、彼奴は札遣いの才がある唯一の仲間である
彼は相変らずの元気な声だった

「ショウ御主少し背が伸びたな?」
「え?そうかな、ミツキも少し大きくなったんじゃない?」
「そうか?まぁ成長期だしの」

何時も通りの日常がまたやって来たのだ


「うっわっ〜緑川さん懲りずに来てるよ〜最悪ぅ〜」

クラスの女子だ、相変らずモミジを毛嫌いしている、全く感じが悪い

「ホムラ君も嫌だって思わな〜ぃ?」

その女子が儂に話しかけてきた、儂は明白に彼女をギッと睨み付けた

「思わねーよ!新学期早々悪口なんてオマエ相当暇なんだな?」
「…っなっ!?何ホムラ君っアイツの味方してんの?」
「当たり前だ!モミジは俺の友達だ」

儂は更に歯を剥いて睨んだ、彼女は表情を強張らせ冷や汗を掻いていた
儂が予想もしなかった事を言ったからであろう

「…ふ、ふーんそうなの…?」

彼女は目を細め嫌な顔をしてその場を去って行った
近くに居た生徒が数人儂を睨んでいたが気にすることなく席についた


+++

1月10日―

昼休み、今日は普段誰も来ない物置と化した教室が並ぶ三階の階段の踊場で昼食を食べていた―
弁当は当然ミツと同じものだ、煮物に牛肉の牛蒡巻きといった和食が多い、味は関西風なのか少し薄い
たけど俺は元々薄味なのでそれでも濃いけどな

「〜〜〜………ミツお前馬鹿かっ?!」

俺は口を大きく開けはぁと大きな溜息を吐いた

「何がだ?」
「何がって…2日前のアレ、今更だけど…何であんな事言うんだよっ?アレじゃお前まで嫌われるぞマジで確実にっ…!!」

俺は今日の昼休み前にあの女子に文句を言われたばかりだった
彼女は陰険な奴だ

「〜…確かにそうかもしれないけど、ミツキはモミジの事を思って言ったんだし…」
「そうだ」
「そうだじゃねー!っ、たくっホント馬鹿だよオメェー…、呆れるわ…」

俺は更に更に大きな溜息を吐いた、幾ら友達だとは言え嫌われ者の俺をミツが庇う必要はないのだ
寧ろ教室に居る時は皆と同じように俺を嫌っていれば良いのだ、そうすれば彼が嫌われることはない

「御主だって本当は嫌なのであろう?」
「それは…

「あら?モミジ此処でお昼食べてるのね」


と、いきなり会話に入ってきたのは2年で剣道部主将、成績は常に上位と噂される
俺の鳩子(血は繋がっていない)の緑川瑪瑙(メノウ)だった
彼女は腕を組み首を軽く斜に構えると眼を細めて笑った

「…メ、メノウ姉ちゃん………や、やぁ久しぶり〜…」
「相変らず元気そうね?富枝さん達はアンタを追い出したって聞いたけど?今何処に居るの?」
「……チッ…、ど、何処でも良いだろ別に…―」
「富枝さんがボソっと言ってたんだけど…箪笥が倒れて下敷きなったって?」
「…………それが如何したんだよ?まさか俺が死んでないから殺そうって?」
「……まさか殺しはしないわ、1週間後…剣道場で勝負よ勿論…勝負内容は剣道!逃げないでね…、
そうそうそれと―――忘れないでね」

メノウ姉ちゃんはそう言って直ぐにその場を去っていった

俺は軽く斜め下に向き彼女の後姿をギっと睨んだ、その目はぎらぎらと焔の様に燃えていた


「ケッ…望む所だっ!!」
「…相変らず犬猿の仲だね本当に…剣道勝負…するの?」
「まぁ御主の事だから逃げはせんだろう、のぅ?」

俺は顔中に大粒の冷や汗を掻いて有らぬ方を見た

その時俺は大事な事を思い出した…―

「………………俺、剣道やったことねぇーーー!!」

そう俺は生まれてこのかた一度も剣道を、竹刀を握った事すら無かったのだ
俺のその応えに2人はやってしまったなと言う様な顔で見てきた

「だっ…だって何かこう雰囲気に呑まれて…ぁははは…どしよ、俺…馬鹿だぁマジで…―」
『自業自得』

彼等は声を合わせてそう言った、自分の額に青筋が浮き出るのが分かった
俺が腹立たしい…畜生っ

+++

放課後―帰り道

「…はぁ…」

俺は今まで吐いた事の無いような大きな溜息を吐いた、その顔は生気がないほぼ土色だ

「仕方ないよモミジの所為なんだし…、にしても…モミジがミツキと一緒に住んでるなんて、仲良いねv」

ショウがニヤニヤと笑う

「勘違いするな、彼奴は死に掛けていたんだぞ?儂は助けただけだ!」
「そうそう、まっでもミツには感謝してるけどさ♪…は、良いとして…」
「…本当にした事がないのか?」
「ねぇよ!だーかーらぁー…超っ!困ってんじゃねぇかぁ〜…」
「仕方ないのぉ〜、儂は剣道をやったことがあるが…教えて欲しいか?」

ミツがイヤ〜な笑みを浮かべてそう言った

「…だったら最初に言えよなっ馬鹿ミツっ!!!」

俺は半泣きしそうな目で彼を睨んだ、本当に意地悪だ


+++

「まず、剣道と言うのは…精神を集中させなければなら…
「そんなのは良いから早くやり方教えやがれっ!!コッチは時間がねぇんだよ」

儂が丁寧に説明をしようとしたらモミジが吠えて会話を遮った

「…御主のぉ…、初心者なのだからちゃんと聞かぬか」
「わーたからっルール教えて下さい魅月先生」

モミジは落ち着いていながらも目で早くしろと訴えていた、流石の儂も彼女のそれには折れた


「剣道と言うのはな、この竹刀を使い相手に攻撃をする競技だ、攻撃は腹を突くと“胴”頭を突くと“面”と言うが
これは知っておるな?原則として5分間で1試合となる、勝負は3本勝負が基本で相手に時間内に自分が受けた
攻撃数より多く攻撃回数を与える事が出来れば自分の勝ちとなる、これが基本のルールだ」
「……つまり5分以内に2本取れれば良いわけだな?」
「そう言う事だ、因みに時間内で自分が1本、相手が0なら1本勝ちとなる」

モミジは儂の説明を真剣に聞いていた、こんなに真面目な顔の彼女は見た事が無い

「なぁ胴着着てするじゃんアレってさ重いの?」
「一つ一つはそうは無いが総合するとそうだな、まぁ御主なら大丈夫であろう」

そう言って儂は笑った、重さで動けない彼女を想像したら可笑しくなったからだ

「あんだよ?おめぇ俺がフラつくんじゃねえかって思ってね?」

…図星、何故分かったのだ?
思わず冷や汗が出る

「…まぁそれは置いといて練習するぞ!」
「ハイっ先生!」

その時ギシと音がして誰かが本殿に入って来た
神社内は電気が無いので大きな蝋燭を何本も付けているが、それでも近くの物しか見えない
そんな中現れたのは…

「ほぉ〜剣道か…懐かしいのぉ、ワシも子供の頃やっておったぞ」

ジイさんことこの神龍神社の神主“愛染”だった、彼は儂等の居る観音像の前にやって来た
儂は思わずハッとした、そう言えば此処は神の御前だった事を思い出したのだ
叱られると思い目を細めてジイさんを見た、が、彼は

「ちいと貸してみ」

そう言いモミジの持っていた竹刀を受け取ると儂の方に向き直り立礼をした
儂も彼につられて立礼をした、そして竹刀を腰まで上げ帯刀をし三歩前に出た

「モミジ、ルールは聞いておるな?審判を頼むぞ」

ジイさんはモミジにそれを頼むと儂の方を見据えた、そして

「え…?は、始めっ…!」

頼り無い彼女の合図で試合が始まった、って何故だー!?

「ミーツーキーっ此処は神の前ぞ?何をやってるんじゃいっ!!神さんに傷が付いたらどうすんじゃー」
「げげっ!ジイさん怒っておるのか?」
「当たり前田のクラッカーじゃ!ミーツーキィーっ罰当たりじゃー胴っ!!」

バシン

ジイさんの一撃が見事儂の腹に直撃した、痛い、老いぼれの癖に何て力だ

「一本取ったりっ!!」
「うっそぉ?!」
「弱いっまだまだ未熟じゃぁ〜面っ」

更にもう一本取られた、って反則だろう今のは
審判を任せられたモミジを見てみると彼女は他所を向いていた、明らかに見ていただろうが御主…

「おいっモミっ…ギっ!!?」

バッシン

頭にもう一撃まともに食らってしまった、舌噛んだぞオイ

「っ〜…っ―!?」

余りの痛さにその場に座り込んだ、頭と舌のダブルパンチは流石に効いた

「〜…ジジィ〜御主卑っ怯だぞっ!!ルール分かっておるのか?モミジも何故止めんっ?」
「や〜…俺何〜も見てねーよ(冷汗)」

また他所を向いた、酷いぞ

「魅月、まだまだ青いのぉ〜」

そう言ってジイさんは本殿を去って行った

「モ〜ミ〜ジィ〜……御主なぁ」
「いや〜だってさ怒られたくないもん俺か弱い女の子だも〜ん☆★☆(笑)」

モミジは頬杖を付く様な格好で儂を見た、正直鳥肌モノだ(吐)

「…何処がか弱いだ、胃拡張が」

そう言って儂は本殿を後にしようと立ち上がった

「ちょっ一寸待って…練習は?」
「此処じゃ無理であろう、また明日だ今度は外で……あ雪―」

外はまだ雪が降っていた、地面にも白く厚い雪が積もっていた

「…無理、だな」

溜息を吐いた、だがモミジは儂の方に駆寄り前に立ち塞がった

「そっ…そんなっどーにかなんない?そだっ学校、体育館で…駄目か部活やってるもんな…えと、使ってない教室なら」
「勝手には使えんだろう?」
「じゃっ…―…、いいやもうする所無いなら無理だし…」

モミジは思いきり下を向いた、肩がガクリと下がり握っていた拳が力無く開く
完全に諦めている

「―…〜仕様がないのぉ、ジイさんには内緒だぞ?」

儂は人差し指を口の前にやり彼女の肩をポンと軽く叩いた
モミジは顔を上げ目を丸くして儂を見てきた

「但し10時半過ぎだ、ジイさんは10時半には床につくそれ以降な?」
「ミツ…お前、良いのかまた叱られるぞ…?」
「構わん、御主彼奴に勝たねばならんのであろう?」
「そ、そうだけどさ…―ありがと、ミツ」

自分より10pほど低い背の彼女が上目で笑顔を向けた
彼女は花のように笑っていた
一先ず安心だ、一応…―

そしてその翌日から儂の(自称)地獄の特訓が始まったのであった〜ベベン♪(三味線効果音)
果たしてモミジは強くなれたのか?さぁそれは次を見てのお楽しみ〜ベベン、ベベン♪(〃)