第伍話 【雪】

12月30日―年の瀬
あれから随分と経った、冬休みだ

深々と雪が降っている、ここは千葉だが地方なので山が近い
その所為か時々軽く吹雪く

「〜…外は寒そうだな」
「寒かろうのぉ〜今日は雪じゃから、にしてもコタツとは何と素晴らしいもんなんじゃろ〜な?」
「うむ、心まであったまるのぉ〜、外は寒いのに…」

畳2畳ほどのコタツに儂とジーさんは対になって座っていた
ジーさんは丸い背を更に丸くさせ両腕を中に入れていた、儂は顔だけ出して所謂コタツムリ状態になっていた
昼下がり、2時半だった、瞼が重い

『いや〜今日は大晦日ですねぇ〜東京は今日も雪ですね大柴さん』
『みゆきちゃん今日も迷言!スンバラシイよ〜』
『ウレピーナッツ♪』

テレビの特番だ、と言っても何時もこの時間にあっているらしい地方番組の拡大版だそうだが、じーさんによると
なんでもみゆきちゃんとやらのファンなんだとか…この色ボケじじぃ

「えぇ〜のぉみゆきちゃんは…あの尻はええ尻じゃ」
「変態ジジィ…」
「何を言う、男は皆女子の尻が好きなんじゃ!あの形、あの匂い、あの…
「そんなんだからその年になっても結婚出来んのだろうが」
「ぬぅぅ〜62歳をなめるなよ小僧が〜ワシには大人の魅力ってのがあるんじゃぞ?ホレ」

ジーさんはコタツから両腕を出し右手で左腕の裾を捲し上げるとしの字に曲げグッと力を込めた
腕には微妙な力こぶが出来ていた

「これが大…

グッ

儂はコタツから出てジーさんの真似をした

「儂の勝ちだな?」
「何ぃ〜若造の癖に…良い筋肉じゃないかいっ悔し、ワシャ悔しいぞぉ〜」
「鍛えておるからな儂は」
「あと10年若けりゃ〜ワシだってのぉ…マムシでも飲むかの…」
「その歳で精力つけて如何する気だよ」
「フッ…たまには夜の街に繰り出そうとな」
「色惚けが…」

儂は呆れ顔でジーさんを見た


+++
午後8時02分頃―
俺は何時も通り夕食の後片付けをしていた

「(はぁ…ぁ、いつも作るのは俺なのに鳥の餌程しか食わして貰えねーなんて不憫すぎじゃね?俺)」

前話言ったように俺は養子なので一族の皆から嫌われている

見た目が日本人ぽくないとか、髪が赤いだとか、桁外れに馬鹿で怪力だとかが原因で嫌われているのは
幼い頃から良く身に染みている、…普通漫画だったら主人公になれそうなのに…小説じゃ駄目なのか…?(違うだろ)

昔は宗家に住んでいたが、母さんが行方不明になって以来俺は分家や宗家、分家の親戚などの家を転々としている
今は分家の緑川(当主の伯父の息子の家)に住んでいる、一応自分の部屋を貰っていて生活には不自由はない

ただ、大食いの俺にはとても住みづらいが…、この家の者は他の一族からも変わり者と呼ばれている
先でも分かる様にこの家の者は飯を自分等では滅多に作らない、富枝おばさんは料理が下手と言う訳ではない
ただ面倒臭がりやなのだ、それで俺に作らせている、それならこっそり自分用に作れば良いって?

それは無理…

何でって?…それは面倒臭がりやなのに材料とかはキッチリ分量を揃えているのだ
本当、微妙…でもココを追い出されたら行く所無いんだけどなぁ……(切実)


ま、いざとなりゃぁ…


「モミジィー!!!アンタいつまで皿洗ってんのよっ!!アンタが来た所為で生活費がどれ程高くなったと思ってるのぉ?!」

富枝おばさんだ、非常に非情でヒステリックな嫌なおばさんだ、しょっちゅう殺したくなるよ(笑)

「すいませーん…でもこれでも気を…
「アンタ明日からここ出て行って貰うからねっ!!!」

まーた始まったよ「出て行って貰うからね」
口癖なんだよな…ここ来て半年になるけど正直ウザイ!
でも口には出せないけど(言ったら確実に追い出されるからな)

「モミジ、後で居間に来てちょうだい、話があるわ」
「はーい(まーたロクでもねーこったろうけどさ)」

俺は皿を洗い終えるとすぐさま居間に向かった、家は広くない、台所の隣に居間がある
居間にはおじさんが胡坐をかいて座っている


「モミジ…立ったままで良いからそこから動くなよ」
「…?(何時もなら座れってゆーのに)」
「今すぐ…1時間以内に荷物をまとめろそして庭に出ろ」
「―…何、また俺追い出されるの?」
「迎えが来る、何時もと同じだ」

俺は渋々言うことを聞いた、たらい回しにされるのは何時もの事だ、そしていつものパターン

「良し…コレで全部だな…あれ鈴は?鈴ー」

俺は少ない荷物をまとめ終えて愛猫の鈴いない事に気付き辺りを見回した

「先に逃げたか…アイツめ」

+++

「荷支度したよー車来てないけどー?」
「今来るわ…上を見て」

俺はおばさんが指差した方、それは俺の部屋がある所だった、俺は物凄く嫌な予感がした
カタガタと俺の部屋の窓が開く…その窓の空いた隙間からは顔ではなく何か四角い物が覗いた

「モミジ…お前の母親が迎えに来るぞ、喜べ」

四角い何かが先程よりハッキリと覗く、おじさんがそれを抱えているのだろう
彼の声は生気のない声をしていた、そして四角いもの…それは箪笥だった
俺がいつも使っていた物だ、おじさんは俺を目掛けてその箪笥を勢い良く落としてきた

「っっ!!!!!??」

ドガジャーン

箪笥が俺に直撃した
俺は下敷きになってしまった…が、普通の人より頑丈な為か辛うじて生きていた

「すまんなモミジ…お前が死ねば皆が喜ぶんだよ…ハハ…ハ…」

彼等はそう言い残して家に入っていった、ピシャリと雨戸も閉めて

俺はそれを見届けると乗っかっていた箪笥を起こし立ち上がった、身体は所々打っていって立ち上がるのが辛い
更に今日は雪が降っていて薄いトレーナーしか来ていなかった俺の肌は粟が立っていた

「ヤベ…軽く血出てらぁ…さむ…」

月明かりに照らされて服からじわりと血が滲んでいた、暗かったがこれは致命傷寸前だ
俺はそれでも死にたくは無かったのでこの家から真っ直ぐの大きな庭のある家に向かって歩いた
助かるという確信は無かったが少しでも希望がありそうな気がしたのだ

俺は寒さと痛さで感覚を失った足を一所懸命動かしそこに向かった、吐く息が霧の様だった

バタリ―

意識が朦朧とした…

「(あぁ…月が紅い)」


+++
12月31日―大晦日

ドンドンッ、ガーリガーリ

「にぃがっ…にぁーーーーー!!」

「…?何だ……こんな早くに」

儂は何者かが雨戸を叩く音を聞いた、1階で寝ていたのでその音がすぐに分かった

ドーンガーリガーリっ

「にぁーーーぉ!!」

「…猫?」

儂はあまりのうるささに目が覚めた、そして窓を開け雨戸を開けた

ガラ

「にーーーーぁ!!!」
「何だっうるさいぞにゃん公!一体なんだ?」
「にっ!!」

猫は儂が雨戸を開けると同時にある所へ向かった
儂はその猫が向かった先を見た、何とそこには…

「っ!!?」

儂は目を疑った、何とそこに居たのは…

「人?!…雪に埋もれておるが…」
「にぃがーー!!」

儂は駆け寄り雪を払いその人を見た

「………っ!!?…モ、モミジ?!」

その雪の中から現れたのはクラスメイトの緑川モミジだったのだ

「何故彼奴が…いやっ今はそんな事を考えてる場合ではないっ」

儂はモミジを抱え上げ急いで家に戻った
彼女の身体は凍えきっていて血の気が無い

「ジジィーーー!!起きろっ大変だっ!!」
「…もう起きとるわい、どうし…なっ何じゃぁ!!」
「早く湯を沸かせっ!あと怪我してる」

儂はモミジを湯が沸く前に少しでも身体を温めておこうと思い自分の寝ていた布団に寝かせた

「何故御主がっ…?」
「ミツキっ救急車呼ぶかっ?」
「ああ、呼んで…いや、待て―」

儂はこのままでも大丈夫なような気がした、いや寧ろ騒いではいけない様な…

「しかし…おっと、湯が沸いたぞ」


+++
夕方、6時半―

「…あれ?俺?」

俺は目が覚めた

「ここは?」

俺は上体を起こし辺りを見た、どうやら本当に助かったらしい

ガラ

「お、気が付いたか?モミジ」

襖が開いて現れたのは…

「…ミ…ツキ?…ここ…お前ん…家なのか…?」
「大怪我をして雪に埋もれて…一体何があった?事故にでも巻き込まれたか?」

彼はそう言いながら俺の横に胡坐をかき心配そうに俺の顔を覗き込んできた

「―…あ、…っ!!俺ん家お前ん家のすぐ前でっ…追い出されたんだっ!!!」

俺ははっと我に返り昨日あった事の一番言いたい事を口に出した
胸の蓋が開いたように俺は無我になっていた

「…?追い出された?」
「そうっ!!!頼む暫くここに置いてくれっ!!」

俺は必死でそう言った

「ほぅ、目が覚めたか…あれだけの怪我をしてたのにもう起きれるとは凄いの〜」
「ジィさん…」
「ミツキからおまいさんのことは聞いとるぞ…緑川モミジちゃんと言うそうじゃな?」
「…は、…はい…―、あっ…あのっ!俺が寝てる間におじさ…緑川って人が来ませんでしたかっ?」


俺は大慌てでお爺さんに尋ねた
もし、二人がここに訪ねて来ていたら不味い事になってしまう、俺がまだ生きていると知れたら…―


「…?はて?…ん?緑川と言えばお向かいさんが緑川だっけな…確かのー」
「っ!!―…、そう、それなんだっ…そこが俺の家なんだっ!!で、来た…?」
「いや、今日は誰も尋ねて来ておらんよ…、まぁ今からモミジちゃんが来てる事を知らせに行くがの、心配しとるだろうしの」

ジイちゃんは立ち上がり玄関へ向かおうとした

「待ってっっっ!!!!行っちゃ駄目ーーー!!」

俺は立ち上がり必死の叫びで彼を呼び止めた

「?何でじゃ?言わんかったら親御さん心配するじゃろう?」
「親じゃないっあれは…あんな悪魔違うっ!!お願いだから行かないでっ!!!!頼むからっ!!…」
「……、如何したんじゃ?」

ジイちゃんは俺の慌てた様を不思議そうに、訝しげに眺めた

「…ジイちゃんとミツキには助けてもらったから話すよ…全部」

二人は俺の顔を見た、ミツキは半分睨むような眼で見てきた