第肆話 【形見】

キーンコーンカーンコーン

今から昼休みだ
僕はミツキと何時も通りの中庭に来ていた

「〜…しかし、人間の勉強とは疲れるな、儂のおった妖界じゃこんなに難しくなかったぞ?」
「ヨウカイ?」
「儂の住んでいた所だ、地形は地球に良く似ておる」
「…へぇ…あれ?緑川さんじゃない?」

僕はベンチの斜め前にある大きな桜の木を指差した
その木の上には緑川さんらしき人が座っていた

「モミジ、また木の上で昼寝か?」

ミツキの問いかけに緑川さんはスクと起き上がり一瞬遅れてこちらに振り向いた

「……ミツキ、ショウ?…あ、あぁ…あーそうそう、さっき女子達がお前ら何時も一緒に居るから
こっち系なんじゃねーかって噂してたぜ〜?」

彼女は手を反らせ頬に付けニヤリと笑って見せた

「御主なっ…儂は野郎なんぞに興味はないぞ!」
「ぼっ僕だって///!」

僕は不覚にも一瞬赤面してしまった、だが決して僕は男に興味はない

「きゃははー♪お前ら面白っなんて嘘だよ〜☆」

彼女はそう言うとタッと木から降りてきた、一瞬よろめいた様にも見えたが彼女はピシと姿勢を正した

「そだ、何時も同じトコで食うの飽きたからアッチ行こぜ?」

緑川さんは後ろを向き半身をこちらに向け左手でおいでと手招きをした
僕とミツキは少し早歩きで歩いてゆく彼女の後を付いて行く


「ここさ♪眺め良いだろ〜?」

そこは中庭の端、先ほどのベンチがある所から30m程離れている
フェンスが僕らの背の2倍はあった、誤って落ちない為だろう、フェンスの向こう側は崖になっていて
下には大きな道路があり車の通りが多いのだ
そのフェンスの手前にはまるで林のように木々が植えてある、中庭の手前からはこちら側は見えない
まさに授業をふけるのにはうってつけの場所なのだ

「俺良くココに来んだ〜あ、サボリじゃねーよ、俺こんなでも授業だけは真面目にしてっからね」
「…僕等に会う前?」
「ん♪厭な事があったら何時もここに来て空見てんだ…ほら、上見てみ」

彼女はペタリとその場に座り、上を見上げ空を指差した

「…木が邪魔でよく見えないや」

見上げたは良いが鬱蒼と茂る木々が邪魔で僅かにしか空が見えない

「それが良いんだよ〜、ただ見上げるんじゃ詰まんない、空には色々な見方、表情(カオ)があるんだ…」
「ほう、御主中々ロマンチストだな?」
「……そか?はは、他人(ヒト)にそんな事言われんの初めてだよ」

緑川さんは僕等の見たことない笑顔を見せた、それは今まで見てきた無邪気な笑顔ではなく
優しい、そう普通の女の子のカオだった
僕は緑川さんも女子なんだなぁと改めて思った、まぁ言わないけどね

「グゥ〜…」

腹の虫が鳴った、緑川さんが笑いながら腹を押さえ「腹減った」と

「じゃぁ食べるとするか」
「しゃーっいっただきまっす☆」
「いただきまーす」

今日の僕はまたパンだ、母が缶詰なので仕方が無かった
僕の母は小説家だ

「そう言えばモミジ、御主いつも昼寝をしておるが昼飯はちゃんと食っておるのか?」
「あ、僕もそれ気になってたんだ〜」
「……ーあ〜…」

彼女は言葉を詰まらせた、どうやら聞いてはいけない事だったのだろう
ミツキは「スマン」と一言謝った

「あ…、謝んなよ♪確かにいつも弁当なんて食ってねぇけど、最近はお前等のお陰で食ってるしさ〜」

緑川さんは少々焦りながら苦笑した

「それにさ、今日はホラ♪」と言いながら彼女は箸で卵焼きを刺して見せた
気にするなと言う意味なのだろう

カサ、

葉を揺らす音が聞こえた

「あら、モミジじゃない?」

と、突然後方から声がした
僕等は一斉に振り向いた、そこに立っていたのは

「あ…メノウ姉ちゃん?」

緑川瑪瑙、2年生の先輩で剣道部の主将でもあり、全国6位だ
彼女は背中まである長い黒髪をしている、顔立ちは上品で目は少し切れ長だ
大和撫子、そう言うに相応しい容姿、実際成績も上位との噂である


「友達が出来たって言うから女の子かと思ったけど?…あら?珍しいわね富枝さんお弁当作ってくれたの?」
「〜…う、うん今日はね、で…メノウ姉ちゃんが何でココに?」
「あら、来ちゃ悪い?」
「と、とんでもっ!そだ、一緒に食わねぇ?ココ眺め良いよ」
「残念、昼食は済ませてあるの、今日はあなたに話があってきたの」

メノウ先輩は緑川さんの後ろ立った
緑川さんは何かを察したのか弁当を急いでほお張り慌てて立ち上がり先輩の方に向き直った

「は、話って?」
「お弁当美味しかった?」
「うん♪…じゃなくてっ話って…?」

緑川さんはまた焦った、少々何時ものノリで乗りツッコミをしてしまった様だが

「アンタにお昼作ってくれるなんてもう末期ね、近い内に追い出されるわよ?」
「!!?」

先輩の口調が少しきつくなった、僕とミツキは振り向かずに耳だけをそちらに向けて会話を聞いていた
何だか良くなさそうな話だ

「緑川の一族がモミジの事を嫌ってるのは分かってるわよね?そんなアンタに此処までしてくれたら…」
「2度言わんでも分かってらいっ!俺は養子だから皆に嫌われてっけど…また、たらい回しか…」

彼女はハァと大きく深いため息を吐いた

「馬鹿ね、本格的に追放よ?13のアンタがこの日本で一人で生きてかなくちゃなんないのよ?そんなの出来る訳ないでしょう」
「い”ぃ”っ…!!?マジ……だぁーっ、いつか来るとは思ってたけどよ早過ぎねぇ?」
「さぁ、元々流れ者なんだから覚悟は出来ていたでしょうに?」
「…はいはい出来ていますとも!はぁー日本は住めんか…畜生っ」

と、言いつつ何だか余裕な様子であった、きっと慣れている所為なのだろうか?


「……一つだけいい方法があるけど?」
「何っ??」
「紫(ユカリ)さんの形見のペンダント…これを渡してくれたら居ても良いってマキエおばあさまが言ってたわ」
「!?っ何だってっ!!!!フザケんじゃねぇよっ!!これは母さんと俺を繋ぐ唯一の鎖なんだぞっ…てっ形見じゃねーよっ!!」
「あら…?紫さんは死んだんじゃないの?」
「っ!!母さんは生きてらぁっ!形見言うなっ」
「ま、いいわ早く渡しなさい」
「やるかっざけんじゃねぇよっ誰がババアになんかっ」

俺はセーラー服の中に隠してあるソレをギュっと握り彼女を睨んだ

「そう、じゃぁ無理やり奪うまでよ」

メノウ姉ちゃんはスッと俺の首に掛けてある鎖を指で抓んだ、一瞬だった
彼女は素早くソレを首から奪うと手の中に仕舞い込もうとした
その時、

パシッ

俺は堪らず奪われる寸前を狙い彼女の手からペンダントを奪い返した
一頭の麒麟(キリン)の絵が彫られたシルバーのインゴットだ

「させるかよっ!!知ってるんだぜ?このインゴット、緑川のある重大な秘密が記されてんだろ?何処にだか知んねっけど」
「それはあくまで言伝え、さ、返しなさい」
「これは俺んだっ」

俺はそのインゴットを渾身の力で握った、だがメノウ姉ちゃんはそれでも奪おうと必死に手を伸ばしてきた
俺は奪われるまいかと手をグッと自分の胸に押し付けた、そしてタッと後ろに軽くジャンプした

ドシン

「あいでっ…!?」

勢い良くジャンプした訳でもないのにフェンスにぶつかってしまった、俺は普通の人より脚力がある為か軽く飛んだだけでも
何メートルも飛んでしまう

「あらあら?大丈夫…?」

メノウ姉ちゃんはすかさず俺に近寄り手を差し伸べてきた、その行為自体は嬉しいのだが、状況が状況だけに手を伸ばすという
事が出来ない、寧ろこのフェンスの向こうに飛び降りてしまいたい気分だった

「うっ薄気味悪ぃんだよっ?!言ってんだろっコレはやれねぇっっ!!頼むっ諦めてよメノウ姉ちゃんっっっ!!!!」
「……いいわ、私だって無理矢理貴方から奪ったりはしないわ…これはあくまでおばあさまの命令だもの」
「?…!、じゃ、じゃ…逆らうんだ?うら…
「近い内に決着を付けましょう?勿論これも……
「ババァのメーレーか?分かった…」
「フフ…モミジ、アンタも随分可愛く無くなったわね、おばあさまが嫌うはずだわ」

そう言い残してメノウ姉ちゃんはスタスタとその場を去った
俺はホッとし思わずガクリとその場にヘタってしまった

「ハンっ…嫌われて上等じゃいっ!」

俺はそう強く言ったものの肩がガタガタと目に見ても分かる程に上下左右に震えていた、実に情けのない姿だ

「…ね、ねぇ大丈夫?」

そろりと近寄ってきたショウが話し掛けて来た
俺は震えながらゆっくり彼の方に首を上げた、首の筋肉が強張って動いているのか自分でも分かりづらい

「…あ、…すまねぇなおまいら…驚いただろ?」
「あぁ…正直な」
「本当だよ全く…で今の何…?」
「―…近い内に赤裸々になるかもしんねぇから今は言わんけど…あれだ、身内内戦争…俺一人四面楚歌?みたいな…」

息を切らしていた俺は上手く説明できなくてそんな事を言ってしまった、が、内心はそれで合っていると思う

「四面楚歌…?嫌われているって言ってたね…何か緑川さんしたの?」
「すっるわきゃねーじゃんっ?!っ…っ悪ぃっ……だぁーぐっぞーっ!!!何だよっ俺が日本人じゃないからっていっつもからかうし…
イヤそれは別に良いけど、そうそうっそう言うの差別って言うんだぞっあのババァ最低ーじゃねーかぁっ!!」
「…え?緑川さん外人なの?…何だか僕等には想像も出来ないて言うか…正直意味が分からないんだけど…?」
「聞くかぁ〜?世にも恐ろしい恐々な話だぜ〜?」
「…もぅっ、話したくないんでしょう?」
「正解っ♪…まっ俺説明ベタだし言わんけどな」


「―でも…お前等の居る前で話すって…?やっぱ味方してんのかな…?」

俺はう〜んと腕を組んで考え込んだ
そして昼休み終了のチャイムが鳴った