廿壱話【真実】


「私、あの日交通事故に遭って死んだんですよ」

五月の暖かい日差しの中その場所だけが妙に寒気がしていた

「は?如何言う意味だよ白河…」
「そ、そうだ意味が分からぬぞ?」

「あの日は夏休みの真っただ中でした。その日は珍しく近所の友達たちと公園でサッカーをしていました。運悪く友達の蹴ったボールが車道に飛び出して
行ったんです。私は慌ててそのボールを追いかけて車道に飛び出しました。そこから先は覚えていません。気が付いたら私は狭い箱に閉じ込められていました」

「そ、それって棺桶ってヤツだよね…?」

儂の隣のモミジが青い顔でカタカタと震えていた、儂も少し怖くなった
彼の話を信じて良いのか分からなくなった、何故なら白河の目は瞬きもせず儂等を見ていたから…

「えぇ正にそうでした。暗くて狭くて体は動かない。おまけに急に暑くなって私の体はみるみる灰になっていきました。それでも意識はあって家族が私の
骨を詰めていくんですよ。また暗くて狭い場所に…。」

「ちょちょっ…怪談話にはまだ早いんじゃないかなーまだ五月だよ?なぁミツもそう思うだろー?」
「儂もそう思うぞしらか

「全て事実ですよ。話は最後までちゃんと聞いて下さい。私、途中で口出しされるのが大っ嫌いなんですよ!

―どの位経ったのでしょうか…。私は眠っていました。目が覚めると私はベッドで寝ていました。夢かと思いました。しかし現実でした。
私は慌てて部屋を飛び出し母親の居る台所へ向かいました。母は不思議そうに私の顔を見て何時もの様に「おはよう」と言ってくれました。
私はそれまでの事が全て夢だったんだとホッと胸を撫で下ろしました。…その時は、ね」

「と言うと…?」儂は思わず白河の話に口を出した
いや、出さずにはいられなかった

「見てしまったんですよ…。

私の部屋の隣の兄の部屋で……小さな仏壇を

ゾッとしましたよ、やっぱり私が生きているのは嘘で死んだ事が本当なんだと…。私は幽霊なんだと。…しかし、現実はこうでした…



死んだのは私ではなく兄の方なんだと……。如何足掻いてもそんな事実は思い出せませんでした。まぁ当たり前なんですがね」
「まさかとは思うが…閻魔大王が弟の命を助ける代わりに兄の命を奪ったとでも言うのか…?」

「えぇ…まさかのまさかですよ。私は兄に、悟兄さんに助けられたんですよ…季節は冬でした。」
「そ…そんなっ!!サトルくんが代わりに…死んだって?……嘘だろ?冗談言うなよ?サトルくんは病弱で…で…」

モミジの鼻が赤くなっていた、今にも泣きそうな表情で身体中が震えていた
しかし白河は真剣な顔で話を続けた

「その日の夜私はこんな夢を見ました。それはいつもの朝でした、私はいつもの様に顔を洗い台所へ行きました。しかし母も父も兄もいませんでした。
私は家中を探しましたが何処にもいなく、気が付いたら知らない場所に来ていました。そこは葬儀場でした。

目の前に菊の花で飾られた祭壇があって遺影には私の顔が。夢の中でしたが鳥肌か立ちました。フッと下を見やると棺桶の前で小学生くらいの少年が
号泣していました。一目で分かりましたよ、兄であると。兄は私の死に耐え切れず葬儀が終わるまでずっと泣いていました。

そしてまた場面は変わって、今度は墓地に居ました。季節は冬でしょうか、どの墓よりもきれいな墓石の前で手を合わせる兄がいました。
兄は何か言っていました、最初は私の為にお経でも言ってくれているのだと思いました。しかしそれは違いました。

悟兄さんは「僕の命と引き換えに聡を生き返らせて下さい」と、そうずっと呟いていたんです。私はそんな兄を見て思わず泣いてしまいました。

しかし…その後」

「何が起こったのだ…?」
「兄の背後に何やら黒い影が見えたんです。次の瞬間でした、兄は崩れるようにその場に倒れこみました。私はすぐさま駆け寄って兄を抱え起こそうと、
しかし夢の中の兄には触れる事は出来ず兄の体はみるみる内に消えていきました。そして背後の墓石から気配を感じ振り向くと

私が居たんです。倒れて、眠っていましたけどね…」

白河が急にこちらを振り向いてニコリと笑った
儂は一瞬鳥肌が立った、その時、何かを思い出した

《死んだ者を生き返らせる代わりに自身の命を差し出す。しかし、生き返った者は人間ではいられなくなる…生き返った者は―》

「その時の私は兄と同じ格好をしていました。しかしそれは紛れも無く私でした。気が付くと家に居ました、しかしその時の私は人間ではなかった…
先程と同じ様に妖怪の姿をしていたんです。此処からはさっき話した通りです」

そう言って白河はベッドに座った。彼は儂の右隣に座って少し俯いた
包帯だらけの顔だったが悲しげな雰囲気を醸し出しているのが分かった

「……じゃぁ世間的はサトルくんが死んだ事になってるんだな?」

モミジはベッド脇のパイプ椅子から腰を上げ後ろを向いた

「そうです、ね…。確かモミジさんは兄の事が好きでしたね?弟の私なんかより……」
「誰にでも優しくて頭が良くて嘘をつかない、おまけに女子にモテモテで…俺もその女子の一人、だったってだけだよ」
「そんな兄を私は正直憎んでいました。たった一つしか変わらないのに病弱の癖にどうして兄だけがって。成績もいつも比べられていました、私は兄のいつも
二番目…。その兄ももう亡くなっていて…結局私は兄に負けたまま永遠に勝負が着かなくなってしまいましたし…」

「時々、兄の遺影を見ると無性に腹が立って如何し様も無くなってしまって……でも肉体の無い兄には文句も言う事が出来ず結局は空回り。
謝る事も感謝する事も出来ません…」

「…その気持ち、良く分かるぞ白河」

儂は白河の方を見た、包帯だらけの顔がゆっくりこっちを見た

「儂にもそういう人が居る…先生と言うか師と言うか、父と言うか…のらりくらりと暮らしていたまるで風の様な男だった」
「…風?」
「儂がまだ幼い頃、あれは八年前、六つくらいの頃だった、儂は母親と喧嘩して家を飛び出した、もう家には戻るまいと心に決めて部屋から自分の物を
持って行けるだけ持ち出した、儂はただひたすらに走り続けた途中足が痛くなって転んだ事は覚えていたがその後は何も覚えていなかった

気が付いたら目の前に木の天井が見えて甲高い男の声が聞こえてな「なんだ生きておったか?」とな」

「…火群君って親と喧嘩して家出してたんですか?過激な少年でしたね」
「過激って…このくらい普通であろう……まぁしかしあの頃の儂は荒れていたからな実際、話は此処からだ、その男は行き倒れていた様に見えた儂を
拾って看病してくれていたと言う、まぁ本当はただの夏バテだったがな…、儂はその男に無理を言って暫く奴の家に住まわせて貰う事にした

男の名は蒼井久次郎(アオイキュウジロウ)、元歌舞伎の女形だとか言っていた、儂が初めて会った時、派手な色の着物を崩すように着ていたしな
しかし、綺麗な着物と裏腹に顔はみっともなく髪も髭も伸び放題だったな…見た目からしても変な奴にしか見えなかったよ

儂が久次郎の家に住みだして奴は儂に色々な事を教えてくれた、米の炊き方、魚の捌き方、あと釣りや畑の耕し方も習ったな
とにかく久次郎は儂に何でも教えてくれた、ある時は女の口説き方や盗みまでも…しかしそんな楽しい日はそう長くは続かなかった」

「親が迎えに来たんですか?」
「いや…違ったよ、久次郎が急に倒れたんだ…病気だったそうだ、儂はそんな事は知らなくてただ毎日楽しく久次郎と過ごしていた…
その時奴に問うたよ、如何して病気の事を黙っていたのかと…しかし久次郎は笑って「儂の心配はいらぬ、だからいつも通り笑え」って…
厳しすぎたよ流石にの…その日の夜だったな久次郎が死んだのは、泣くより先に医者がやって来て儂は家から追い出された、だけど儂は決してその場から
逃げなかった、その日は夏だったが風が冷たかった、やけに暗いと思ったら新月での見上げた空は果てしなく空しい色をしていた……

儂は今までに無いほど泣いた…気が付いたら夜が明けて空が白かった

暫くして家の中から医者が出てきて「入れ」って、儂は言う通り家に入った、そこには見た事も無い男が布団に寝ていた、儂は気が付かなかった
それが久次郎だった事に…」

「?」
「まるで女の様な綺麗な顔…今まで髭で隠れていて分からなかったが久次郎の本当の顔だったのだ、恐らくはその医者が剃ったのだろう、
儂はその久次郎の顔を見て思わず笑ってしまったよ剽軽で掴み所の無い変わった奴だったからまさかそんな顔をしているとは夢にも思わなくて…
だけど儂の目からは涙が零れていた、いつもなら「何笑っておる?」と怒る奴が何も言わぬからの…悔しかった、儂は必死で涙を拭いた、だけど、
いくら泣いても久次郎は何も言ってはくれなかった…またいつもみたいに「ばーか」とか「そんなんだから御主はガキなんだよ」とか…っ…本当
命と言うものは儚いな……」

「そう…そうですね。いくら叫んでも望んでも、願っても帰っては来ない。後悔だけが此処に残る、如何してだと問う時間も与えてはくれません…」

気が付くと白河の目からも雫が零れていた
お互い、同じような境遇を持っていて今この場所に立っている儂は偶然とは思えなかった

「生きている限り死からは逃げられない、他人の死であろうと自分の死であろうと…俺も昔義理の母を亡くしたよ、いや母さんはまだ死んだかどうか
分からないけど…一緒に旅していた義父は死んだ、な」
「モミジ?」
「俺は生まれてから日本に来るまでヨーロッパを旅していたんだ、イタリアにドイツ、オーストリアにハンガリー…所々しか覚えてないけど、
ノッポの男と旅をしていた…名前はジャック・スパルタン、確か最後の地はロシアだった、俺達は悪い人達に追われて裏路地に隠れながら逃げてたんだ
だけど、見つかって…父さんが「お前だけは逃げててくれ」って近くに転がっていた大きな木箱に無理矢理押し込められたんだ…その後は全く覚えてないな、
気が付いたら日本にいて目の前に知らない髭面のおっさん達が俺の事をジロジロ見てて、怖かったな〜ありゃ…でもその時突然キレイな女の人がやって来て
「この子私が貰っても良いかしら?」って……、その時の俺はまだ日本語が分からなくて母さんが何言ってるのか理解できなくってさ…でも
本能的にこの人は俺を守ってくれる良い人だって…うろ覚えだけど俺その時久し振りに笑ったんだ、しかもスッゲー大泣きしてたってメノウ姉ちゃんが言ってたよ」

「……外国から来た事は知っていましたが…。それにしてもさらっと…」
「前にも言ってたな…確かその時はあまり覚えて無いって?」
「二人の話聞いてたら思い出したんだ…時々不意に思い出すんだけどな〜でも、どうして昔の事があんまり思い出せないのか良く分かんないんだよねー」

俺はいつの間にか二人が座っているベッドに座っていた
話を聞いていると足が疲れてくる、だけど俺は二人が座っている側ではない方に腰を下ろした、ウチの学校のベッドは普通のものと違って頭側にしか
手摺が無い形になっている

俺達は暫く昔の話をしていた、とうに五時は過ぎている
夕焼け空が夜空に変わろうとしていた時

「こんな所にいたんだね」と優しい声が保健室に響いた
ガラと扉を開けて顔を覗かせたのはショウだった、彼は扉のすぐ左側にある電灯のスイッチを付けてくれた
長い時間話していた所為かこんなにも暗くなっている事に気が付かなかったのだ、まぁ俺は気が付いていたけれどね…

「それで白河君はモミジに告白出来たの?って…何で包帯だらけ?」
「木村君…///…えぇしましたよ一応」
「へぇ〜!で、成功は……してないか」

ショウが腕を組んで首を横に振った、何だか嫌味なジェスチャーだ
実際そうとは言え…

「思いっ切り噛まれてしまいました。なかなか強い牙を持った雌ライオンですよ、本当。でも、ま、もう良いんですけどね…色々と」
「良いって?…あぁ本当の事を話せたから?」

彼は半分目を閉じてニヤッと白河を見やった
俺はすぐさまショウが扉の外で盗み聞きをしていると分かった、確かにさっきから誰かが覗いている様な感じはしていたから…

「ショウ御主…盗み聞きしていたのか?」
「盗み聞きだなんて人聞き悪いな〜…たまたま聞こえたんだよ、まぁ白河君の真実は昨日ミカコに聞いて知っていたからね〜」
「ミカコ?あぁ叶か…」
「白河君は本当は死んでいる、でも生き返った、理由は知らないけれど…が彼女の知っている事だった…でも今の話を聞いて点と点が繋がったよ」

「木村君、今の話は他言は…」
「心配しなくてもこの話は仲間内だけの秘密だよ、その代わり僕等の秘密も聞いて貰うよ?」
「ショウ…御主、あざといなぁ〜」
「ゴメン、でも白河君って今のままじゃはぐれでしょ?」
「仔犬の意見とは思えんのぉ〜(笑)」

「仔犬はないでしょ」とショウは苦笑いした
ひとまずこれにて一件落着、儂達は保健室を出て家に帰る事にした


+++

「おっそい!!四人共何処にいたのよ?」

何故か昇降口にミカが居た、彼女はフンと鼻息荒く腕組みをして俺達を睨み据えた
ショウが頭をポリポリと掻きながら「ゴメンね」と謝った、ミカはハァと溜息を吐いて「しょうがないなー」と呆れた顔をした
空はすっかり闇の帳に覆われていた、俺はミカに迎えは来てないのかと尋ねたが「今日は歩いて帰るから」と連絡を入れていたらしい
俺はそのついでに自分達も送って貰いたかったのにと思っていた


「それで白河君はやっぱり死んでたでしょ?」
「藪から棒だね〜…うんまぁ詳しい事は本人が話してくれると思うから、ね?」
「えぇ今度ゆっくりお話します」
「…ねぇ今から家に来ない?ディナーでもしながら話して欲しいわ」

叶さんは下から覗くような目で私を見てきた
だけど私は振り払うように「御免なさい」と丁重に断った、流石に今から、女子の家にお邪魔するのは気が引けますからね…
私は明日の昼休みにでもお話しますと苦笑交じりに言った、彼女は「分かったわ」と少し不満そうな表情で後ろに引いた

「(…お金持ちの叶さんの家には行ってみたいですけれど、怪我もしているしちょっと、ね)」と、心の中で呟いた

私は次の曲がり角で皆と別れた、家はもうすぐそこだ

+++

「それにしても…ねぇモミジ、アンタ白河君をあんなにフルボッコにしなくても良かったんじゃない?」
「あ〜…だって敵だと思ったからさー…まっ生きてんだし良いじゃん?」
「もぉ〜…、ねぇ火群君、白河君が仲間だったって事は他にもまだ仲間が居るのかしら?」

ミカがミツに訪ねた、俺もその答えは気になる

「…だろうな、だがしかし、次ぎ会うヤツが敵なのか味方なのかは分からんがな〜」
「そっか、フフフ〜益々面白くなってきたわね♪ね、モミジ」

「ん?……あぁそうだな」

俺は考え事をしていたので今のミカの話を聞いてなかった
原因はさっきショウが保健室で放った一言だ「昨日ミカコに聞いて知っていたからね〜」

いつもなら名字でしか呼ばないショウがミカの事を呼び捨てにするなんて…
俺はもしかしたらと、その事が頭に浮かんでいた




「ねぇショウ、後でメール頂戴」
「良いよミカコ」